私はライターをよくなくす。日本にいる時からだったが、それは「色んなところに置き忘れ」、「バッグの奥底にしまい忘れ」などが主な原因だったが、こっちでは「気づいたらライターはこつ然と消えていた」のが大半。
この国ではライターが消えるのか?そんな魔法のライターを販売する国なのか?というと、理由は簡単。「他の人がさっさと自分のポケットに入れてしまう」からなのだ。それは悪気があってやったことではなく、無意識に他人のものも自分のものも区別がつかなくなってとりあえず自分のものにする、という現象らしい。
日本人だと、例えば会社でボールペンを借りた場合、たいていは返すものと思われる。よしんば間違って自分の引き出しに入れてしまっても、後日「あれ?これ私のじゃないな」と気づくものだ。(まあ、それでそのまま使ってしまってかれこれ何年…ということもあり得るが←少なくとも私にはあり得る)
しかし、この国ではあんまりそういうのが通用しない。極端にいえば「オレのものはオレのもの。お前のものはオレのもの」のジャイアン状態。それが無意識だから直しようもない。
この現象に気づいたのは大学時代にさかのぼる。幼少時代をフランスで過ごした帰国子女の友達にある日消しゴムをかした。「ありがとー」と言って彼女は去っていったっきり、私の消しゴムは無言のまま養子にもらわれていった。彼女は決してだらしない性格ではなく、どっちかというとしっかりしていて律儀な方だった。なのに、である。別の友達には「フランス人ってそういうとこあるから、何か貸したらちゃんと返してって言わないとダメだよ」と言われた。
でも、フランス人の子供を見ていると話始めの頃にまず覚えるのは「C'est à moi!(これはわたしのもの!)」だという気がしてならない。試しに子供の遊び場のある公園で観察して欲しい。絶対に1組はおもちゃの取り合いで激闘している子供達がいる。お互いに「C'est à moi!」の応戦が続くが、そういう場合そのおもちゃは第3者の全然関係ない子のだったりする。
子供の頃から所有欲は養われるが、他人のものと区別する判断力は育たない…ってことか?
と、いうことでそれからライターをなくしても大して気にしないことにした(ずっと前からもう気にしてなかった気もする)。ライターがなくなったら隣にいる友達のを失敬すればいい。しかし、私の中にはちゃんと「これは私のライターではない」という意識がちゃんとある。世間一般でいう「泥棒の端くれ」なのかもしれない…。
パリ:夏のソルド開始!
12 years ago
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